コラム

2016-09-05

【偉人の終活】約400年前にタイムスリップ!?豊臣秀吉さまの遺言

こんにちは☆
富山の墓石専門店㈱スナダ石材のメモリアルアドバイザー、砂田嘉寿子です。

こちらのコラムで安定的に読まれている記事に2年前の石田三成公の供養塔と現代のお墓作り。「依り代」の共通点 があります。詳しくはお読みいただくとして、これはもう真田丸の影響に間違いありません。
堀北真希さんと結婚、そして妊娠報道がでた山本耕史さん演じる石田三成は、歴代の三成の中でも一番カッコイイと評判が高く、私のコラムが今も読まれているのは山本耕史さんの治部殿(三成の別称)のおかげでしょう(笑)

同じく評判が高い、小日向文世さんの豊臣秀吉。物語の上ではもうお亡くなりになりましたが(笑)、真田丸で見せた新しい秀吉像は、秀吉という人間像を理解するには最適だったと思います。

そこで気づいたのですが、私のこのコラムでは信長家康の時代について必ず1本は記事を書いているのに、秀吉の時代についてはほとんど言及してない(石田三成以外)ことに気づきました。

ということで、今回は「秀吉の終活とその後」についてまとめてみました。

秀吉の終い方と葬儀

秀吉が亡くなったのは、1598年9月18日(慶長3年8月18日)。
今から400年以上前になりますが、ちょうど今頃の秀吉は病床で、最後の遺言書を書いている頃かもしれません。
その遺言状のおもな内容としては、自身が亡くなった後の「秀頼を頼む」というものです。
「絶対にお前ら、秀頼を裏切るなよ」と釘をさしておいた秀吉。

そして約2週間後に亡くなるのですが、火葬されず、亡くなった京都・伏見城でしばらく安置され、翌年の春に方広寺の東方の阿弥陀ヶ峰山頂に埋葬されます。
秀吉が亡くなった当時というのは、秀吉軍がまだ朝鮮へ出兵していたため、将軍の死を現地へ知らせることで朝鮮軍の反撃を恐れたため、しばらくその死は伏せられていました。

秀吉の死がこのような政治的な理由で隠されていたことで、葬儀も執り行われなかったのです。
しかしその死が知らしめられると、朝廷からは「豊国乃大明神(とよくにのだいみょうじん)」の神号を与えられ、秀吉のご廟は豊国神社となり、武の神として祀られることになりました。
そして秀吉の年忌には、毎年「豊国祭」という盛大な祭りが行われるようになりました。

豊国祭礼図屏風 右隻(「アート情報総合サイト 京都で遊ぼう」より)
7回忌に行われた祭礼を描いた『豊国祭礼図屏風』

派手好きな秀吉が葬儀もなく、その死も伏せられていたなんてあまりにも不憫な終い方だと思っていましたが、これでちょっと安心!

いえいえ、そうは問屋が卸さないのが、秀吉の死後のその後なのです。

死んだ後も落ち着けない!?二度、神になる秀吉

関ヶ原の戦いから大阪の陣のあと、徳川家康によって豊臣家が滅亡されると、秀吉の大明神の神格化は剥奪され、神社は廃絶、そして秀吉の霊はふたたび方広寺の五輪塔へと仏式で改葬されます。
その後は社殿こそ残ったものの、その参道には新たに新日吉神社(いまひえじんじゃ)が建立されたため、人々は参拝もできず、豊国神社は朽ち果てるままとなりました。

「鳴くまで待とう、ホトトギス」と三英傑のなかでは、一番おっとりしている風を装っていた狸じじい、じゃなかった家康公。彼が死しても、この徳川が幕府を治めている間の豊臣秀吉の扱いというのは、散々なものであったようです。

そしてやっと陽の目が当たるのは明治に入ってから。
明治天皇の勅命により、豊国神社が再興されることになります。秀吉の墓も立派に再建され、その翌年には豊太閤三百年祭が行われ、これで秀吉も安眠できるようになったと思われます。

豊国神社 Wikipediaより

豊国廟 wikipediaより

平安時代に都が移されてからの京都は、応仁の乱以降は戦火が絶えず、焼け野原となっていましたが、秀吉が京都を治めてから現代まで、京都は都として美しい姿を取り戻しています。
それは、今も阿弥陀ヶ峰山頂から京都の街を見守っている秀吉のおかげなのかもしれませんね。

※Wikipedia 豊国神社より参照

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